ボランティア講師による動画講義の配信など。これは面白いなあ。
あさりとズッキーニのペンネ トマトソース (Instagramで撮影)
年の瀬の真剣勝負 (Taken with instagram)
通天閣 (Taken with instagram)
新世界 (Taken with instagram)
チェックアウト待ちの長い列。クリスマスのホテルは戦場だな。 (Taken with instagram)
いただきー (Taken with instagram)
クリスマスの朝。 (Taken with instagram)
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http://portal.nifty.com/kiji/111024149137_1.htm
を読んで「レモンスカッシュ懐かしいなー」なんて思っているうちに興が乗ってしまったので自分の小学生の頃をやや感傷的に書いていくことにする。
レモンスカッシュといえばだ。
俺はほぼ赤ん坊の頃から埼玉県南部の春日部市〜越谷市のあたりで暮らしてきたのだけれど、どういうわけだか母親のかかりつけ医が銀座にいたり兄が一時期東大病院にかかっていたりして、何かと医療的な用事で月に一度は、母親にくっついて都内に出ることがあった。
地元の駅からは東武伊勢崎線に乗って都内に向かう。その頃の伊勢佐木線はまだ車内で煙草が吸える時代で、ときおり出くわす旧型車両の木の床には、いつも煙草のヤニが染み込んでいるような気がしていた。
北千住で乗り換える日比谷線は、波打つクローム色のシックな車両。だいたい日比谷線でまっすぐ銀座まで向かうのだけど、たまには銀座線に乗ったこともあったっけ。銀座線といえば、駅到着の前後で車内の照明がバチッと落ちて非常灯が点灯するのが見ものだった。
銀座の医院で診察が終わったあとの楽しみといえば、近くのレストランで食べるお子様ランチとレモンスカッシュ。少し大きくなってからは、そこにマクドナルドのハンバーガーが加わった。「ジャンクフード」なんて意識もなかったし、もともと外食することも少ない家庭だったから、この月に1度が何よりも楽しみだった、気がする。
お子様ランチもハンバーガーもさておき、あの頃喫茶店やレストランで供されていたレモンスカッシュが醸しだすスペシャル感は何だったんだろう。―汗をかいたグラス、挿し入れられたレモンスライスと真っ赤なさくらんぼ― レモンスカッシュなんて飲まなくなってずいぶん経つけれど、あの味とイメージは鮮明に脳裏に刻まれている。
ちなみに、東大病院へ行ったとき最も楽しみにしていたのが、院内食堂の「パパイヤ」。半分に割って種を除いたパパイヤに、生クリームとハチミツとレモン汁がかけてある、たったそれだけ。これが小学生の舌にはめっぽう旨かった。
ということでこれが俺にとっての昭和の原風景のひとつ。
少々続きますよ。
2年前のネタだけどメモw